
飽きっぽい私ですが、最近またヨーガと簡単な瞑想のはまっています。
ヨーガも本格的なものではなく、太陽礼拝と30分ほどのヴィパサナーのみですが、続けています。
ふと、ヨガの世界では「プラーナを感じて〜」とかレクチャーがあるんだけれど、よくよく考えてみたら??となって OSHOの本などを改めて観てみました
プラーナを勘違いしていたみたいです(笑)
ウィルヘルム・ライヒがいう「オルゴン・エネルギー」のように大気中にある精気やエネルギーのように取り込んで吸収するものとおもっていました。
OSHOはこう言っています
瞑想…祝祭の芸術」[第十七章/七つの身体におけるプラーナの顕現]からの引用ですが、[第十八章/伝統的な技法]ではアナパーナ・サティ・ヨーガの技法の引用です
息それ自体はプラーナではない。
プラーナとは、中へ入ることと外へ出ることという、その両極性によって顕れる生命エネルギーのことだ。
息を吸い込むエネルギーがプラーナであって、息そのものはプラーナではない。
息を吸い込むエネルギー、息を吸い息を吐いているそのエネルギーこそプラーナなのだ。
仏陀は、同時に二つのことを実現する手段として、息を用いた。
ひとつめは醒めた意識を生み出すこと。
いまひとつは、その意識を体の細胞そのものにまで浸透させるということだ。
仏陀はこう言った、
「呼吸を意識しなさい。」
これは、調息(プラーナヤーマ)(ヨーガの呼吸法)をやれということではない。
それはただ、息を変えることなく、その息を覚醒の対象にしなさいということだ。
息を変える必要はない。
あるがままに自然にしておきなさい。
息を変えたりしないこと。
ただし、入息のとき、その息を意識しなさい。
あなたの意識を入息に合わせてゆきなさい。
そして、出息のときは、あなたの意識もそれにつれて外に移してごらん。
息とともに動きなさい。
息に合わせて注意しなさい。
息といっしょに流れるがいい。
ただのひと息でも忘れてはいけない。
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